子供の頃、私には母がいなかった。

東京近郊の古くさい家に基本は祖母と二人暮らし。
時々帰ってくる父がほとんど家にいないのは“仕事の都合”と聞かされ信じていた。

祖母は
「お前の母親は飲み屋の女。(父)を騙してうちに入り込んだ揚げ句金をもって逃げた」
と言うのが口癖で、私は(今思えば)嫁イビりみたいなやり方できつく当たられてた。

そんな祖母が私が高校に入って間もない頃急死したのをきっかけに、
父が私の実母にあたる人と都内でずっと同居していたことが判明した。
そしてなんと私には中1になる弟までいた!

祖母が倒れた時に、なかなか父と連絡がつかなくて
父の勤め先の方々にご迷惑とご心配をおかけしたのだが、
それも弟の入学祝いで外食中だったためとわかった。

母とやらがお通夜に来て
「ずっと会いたかったのよ」
なんてすごい号泣してたけど
私は今まで一回もそんな気配なかったじゃん
うすぼんやり思うばっかりで、なんていうかシラけてた。

その後、父たちが住んでた賃貸に連れていかれたら
古い家では見たこともない便利な家電製品やゲームが
普通に存在している環境になんとも言えず打ちのめされた。

祖母との暮らしが、本当に昔風だったせいで
急に時代を飛び越えた気がする程の落差があったので、
ああ父達は私を祖母にあてがっておいて
自分達だけこういう今風の普通な家族の生活をしてきたんだな
と思ってしまった。

物心つく前に何があったかなんて当然覚えてないし
両親を問い詰めても誤魔化すばっかりだったから
実際どんな経緯で私だけが祖母の元に残されたのかは今でもわからない。

とにかく当時はふと生け贄という単語が脳裏をよぎってしまってから
なんかもう色んなことが受け入れられなくなった。

祖母は確実に母をイビったろうとは思う。それにしたってなんで私だけ…とか。

なのにこれからはやっとみんな揃って暮らせるね!と言われても
わぁ嬉しい!となれるはずもなく、
弟とはいえ正味見ず知らずの男子といきなり同居になったのもきつかった。

そうこうするうちに母が
「(私)は女の子らしくない、あの意地悪な姑に育てられたせいか
すっかり人間がひねこびていてアタシの手にはおえない」
と言い出した。

父が叱ると号泣号泣また号泣アンド拒絶

結局私は遠縁の家に引き取られて暮らすことになった。

以来、実の両親と顔をあわせる機会がないまま20年ほどが過ぎ、
私もお世話になったお宅を離れ独立している。

ところがこのたび親類づたいに弟の結婚式に参列せよとの連絡が来た。
実の姉が存在するのにまったく姿も見せないのでは外聞が悪いとのこと。

全力でお断りすると伝えてもらったけど
あのひとはまた号泣するんだろうか。


360 :名無し 2016/02/28(日) ID:DfY
何を書いても構いませんので@生活板 20