音楽

11/08/22
昨年定年退職したうちの祖父が聞かせてくれた話。

祖父は若いころ近畿地方のある小学校で教師をしていた。その学校に赴任して初めての夏休みのこと。

音楽が趣味の祖父は時々早朝に音楽室を借り、オルガンを弾いていた。




その日も朝早くからオルガンを楽しんでいると、いつからいたのか、音楽室の戸の前に10人ほどの子供たちがこちらを見ながらぼうっと立っていた。

ギョッとしたが、まあそこは教師、おはよう、と声をかけ、どうしたの?などと聞くが何も答えない。

よくよく見ると、どの子も見たことのない顔だ。最近の子にしてはなんとなく身なりも良くない。学年は?どうして早起きなの?

質問をいくつかするが、何も答えない。

ただみんなジッとオルガンを見つめている。まあ悪いことをしているわけでもないし、オルガンが好きなのかなぁ?などと思い、なんとなくさくらさくらを弾き始めた。


すると、子供たちの顔がパッと明るくなり、オルガンの伴奏に合わせ歌い始めた。

子供たちの歌は幼いながらも何とも上手で、元気いっぱいで子どもらしくいい歌声だった。祖父は伴奏をしながらその歌声に聞き惚れていた。

曲が終わり、子供たちの方をみるとパッと消えたかのように誰一人いなくなっていた。戸を開けたり、部屋のどこかに移動した形跡もない。ただこつ然と姿を消してしまった。

なんとも不可解な出来事に、祖父は首をかしげながら職員室に戻り、出勤していた隣の席の先輩にその話をした。

けげんそうに話を聞いていた先輩は、ああ、そういうことかと何か思いついたようだった。先輩は黙って朝刊をバサッと机の上に投げ出した。

その日は、戦時中この地域に大規模な空襲が起きた日だった。確かこの学校は避難所として使われていたはず。祖父も全て察した。

それから祖父は供養の意味もこめて、毎年その日は音楽室にオルガンを弾きに行くことにしていたが、子供たちに会えたのはその一度きりだったという。

祖父は

「もう一度聞きたかったなあ。でも来なくなったってことは成仏したのかなあ、それはそれでいいことなんだがな。」

と語っていた。