カーネーション

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名無しさん@おーぷん 2016/12/12(月)20:06:40 ID:FZb
今日、母があの世へ旅立った。75歳。
若い頃から風邪一つ引かなくて、絶対85歳くらいまで生きると思ってたのに
今年1月の最初の入院から1年足らずで逝っちゃった。

6月頃には多臓器不全でタヒにかけたけど奇跡的に回復して、
その後はしばらく意識も不明瞭だし、起き上がることもできないし、
延命治療を希望するかどうかの確認までされたけど、
10月には意識もしっかりして、自力で歩いて退院した。

けど、退院後たったの10日目、最初の定期通院でそのまま再入院。
最初は2週間程度でまた退院できる予定だったのに、コントロール不良で伸びていく。
それでも、先月末の時点ではまだ年内に退院できるって言われてた。
83歳の平均寿命までは、何とか生きながらえるように治療するって。

けど、金曜の深夜に

「大事な話があるから明日来て」

と病院から電話。

土曜に、7月に一度された延命治療の希望について再確認。

7月の時点で父と話し合ったとおり

「希望しない」

と伝えた。

それでも土曜はまだ透析後に意識が戻って、私や父のことは分かってた。

看護師さんに

「娘さんの名前はー?」

と聞かれてハッキリ私の名前を答えてた。

昨日の日曜には呼びかけに一切反応しなくなった。

今朝、昨夜から病院に詰めてた父から

「持ってあと3日」

と連絡。

出勤後、

「最後の透析を今日の10時からやる。いつも透析後は意識が戻るから、
もしかしたら会話できる最後のチャンスかも」

と電話があり、病院(会社のすぐ近く)にダッシュ。

透析に付き添ったけど、3時間の予定が2時間経たずに血圧低下で中止。
そのまま意識が戻ることなく、昼過ぎには逝っちゃった。

母ちゃん、もうすぐクリスマスだよ。ン十年前に私を産んでくれた日だよ。
ごちそう作って一緒に祝いたかったな。
孫の一人も見せてやれなくてごめんよ。

先月私が大風邪引いてしばらく見舞えなかった時、

「お粥のひとつも作ってやれない」

と嘆いてたってね。

父ちゃんが

「いい歳した娘の心配してる場合か」

って言ったら、

「母親はいくつになっても娘が心配だ!うちの婆ちゃん(母の母)もそうだった!」

って言ってたって父ちゃんから聞いたよ。

いつまでも子離れできない困った母ちゃんだなんて思っててごめんよ。
私も自分が思ってたより親離れできてなかったよ。
母ちゃん寂しいよ二度と会えないなんて寂しいよ。
父ちゃん泣いてるから私は泣かないつもりだったけどダメだったよ。
でもそんなこと言ってたら、安心して婆ちゃんのところに行けないね。

転勤族の父について転勤三昧の半生だった母ちゃん。
今日は最後のお引越しだね。
いつか父ちゃんと私も行くから、その時には迎えに来ておくれよ。


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